従来のマーケティング戦略の課題
IT活用による従来のマーケティング戦略では、より多くの見込み客を獲得し、その中からニーズを掘り起こし、対象を絞り込むといったプロセスを通じて、そのうちの特定の割合で商談の受注を目指すといった手法が主流でした。最近では、この従来のマーケティング戦略の課題が徐々に浮き彫りになってきました。新しいマーケティング戦略の必要性を考えるにあたって、従来のマーケティング戦略の主な課題を見てみましょう。
取引先の要件に応じた個別のアプローチができない:利益率が高く、優良顧客になる可能性の高い取引先は、商品やサービスに関して独自のニーズや要件を持っている場合が多いです。しかし、従来のマーケティング戦略では、一定のニーズに合う見込み客をより多く集客することを重視し、個々の顧客のニーズや要件に関して柔軟なすり合わせや対応は行われません。そのため、これらの取引先との商談を受注しにくい傾向があります。
人員や対応時間の配分が効率的でない:優先すべき対象の取引先が明確でないことが多いため、人員や対応時間が適切に割り当てられないことがあります。
営業チームとマーケティングチームの連携がうまくいかない:マーケティングチームの場合は見込み客の獲得、営業チームの場合は一定の商談額/受注率の達成など、各チームによって目標や業務内容が異なります。そのため、個別の有望な取引先を優先し、チームで連携して柔軟に対応するといった連携ができません。
費用対効果がわかりにくい:優先すべき対象の取引先が定められていないため、予算や人員が分散し、個別の取引先に関する費用対効果を正確に分析するのが困難です。
商談の受注までに時間がかかる:企業間取引では、購入プロセスにおいて多くの決裁プロセスが含まれます。そのため、商談の受注までに時間がかかります。
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは
近年、新しいマーケティング戦略としてABM(Account Based Marketing/アカウントベースドマーケティング)に注目が集まっています。以下では、上記で挙げた従来のマーケティング戦略とその課題を踏まえながら、ABMについて詳しく説明します。
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは、企業間取引におけるマーケティング戦略のひとつです。ABMでは、対象となる取引先を定め、営業チームとマーケティングチームが連携して対象の取引先に対応します。対象となる有望な取引先を選定した後、対象の取引先のニーズや要件を調査し、それぞれの取引先に最も適した方法で、個別に営業やマーケティングを行います。そのため、従来のマーケティング戦略に比べて、商談の受注までのプロセスを効率よく進めることができます。
従来のマーケティング戦略とは異なり、ABMでは特定の属性やニーズを持つ取引先を対象とします。見込み客の獲得から商談の成立まで対応範囲を徐々に絞り込んでいく従来のマーケティング戦略と比べて、特定の取引先に対象をあらかじめ定めて対応を行います。また、ABMでは、営業チームとマーケティングチームが連携して取引先に対応します。特定の取引先に集中して対応できるため、費用対効果を高めることが可能です。
ABMを取り入れることで、上記で挙げた従来のマーケティング戦略の主な課題を解決できます。各課題に対する解決方法は、以下のとおりです。
取引先の要件に応じた個別のアプローチ:対象となる取引先の特定のニーズや要件に合わせたコンテンツやキャンペーンを提供し、柔軟なすり合わせや対応を行うことができます。そのため、独自の要件を持つ取引先との商談の受注率を高めることが可能です。
人員や対応時間の適切な配分:対象とする取引先を明確にし、人員や対応時間を適切に割り当てることで、優先して対応を行うことができます。
営業チームとマーケティングチームの円滑な連携:優先すべき対象の取引先を定め、営業チームとマーケティングチームが連携して対応できます。共通の目標を共有することで、チーム間で連携して柔軟に対応することが可能です。
費用対効果の見える化:対象となる取引先が定められているため、個別の取引先に関する正確な費用対効果を分析することができます。
商談の受注までの時間の短縮:対象となる取引先が定められているため、該当の取引先における決裁プロセスに従って効率よく対応することができます。商談の受注までの時間を短縮することが可能です。
ABMでは、対象の取引先に対して営業チームとマーケティングチームが連携して最適な方法で対応できるため、上記で挙げた従来のマーケティング戦略の課題に対処することができます。商談の受注件数を増やすだけでなく、営業チームとマーケティングチームの業務の効率化を図るのにも役立ちます。
ABM(アカウントベースドマーケティング)の概念
ABM(アカウントベースドマーケティング)では、対象とする取引先に集中して営業やマーケティングを行います。これにより、従来のマーケティング戦略とは異なり、個別の取引先のニーズや要件に合わせて柔軟に対応することができます。
商談の金額や他社への影響力は、取引先によって異なります。ABMでは、利益率の高い取引先や影響力の大きい取引先に集中して対応することで、人員や対応時間を適切に配分し、対象の取引先に最適切な方法で営業やマーケティングを行うことが可能です。
ニーズや要件に合わせたコンテンツ、対象を絞った広告、限定イベントなど、ABMでは特定の取引先に向けてさまざまな方法で営業活動やマーケティング活動が行われます。それぞれの取引先のニーズや要件に応じた対応を行うことで、主要な取引先との関係性を強化し、売上の増加につなげることができます。
優良顧客となる可能性の高い取引先に対象を定めることは、ABMでは重要な要素です。商談の受注件数よりも個々の商談の金額や影響力に焦点を当てることで、従来のマーケティング戦略に比べ、商談の受注までのプロセスの効率化と長期的な売上拡大を図ることが可能です。
ABM(アカウントベースドマーケティング)におけるチーム間の連携
ABM(アカウントベースドマーケティング)では、営業チームとマーケティングチームの連携が必要不可欠です。営業チームとマーケティングチームが連携することで、取引先のニーズや要件を理解し、対応方法を多角的に調査/決定し、最も適した方法で営業やマーケティングを進めることができます。
また、対象となる取引先のニーズや要件についてチーム間で共有することで、取引先の全体像を把握し、取引先のニーズや要件に対して丁寧に対応することが可能です。これにより、取引先に対して人員や時間を適切に配分できます。また、個々の取引先に関する成果を分析することで、次回以降の対応の改善につなげることも可能です。
ABM(アカウントベースドマーケティング)を取り入れるメリット
ABM(アカウントベースドマーケティング)を取り入れることで、優良顧客になる可能性の高い取引先を対象にして、営業やマーケティングを効率よく行うことができます。ABMを取り入れる主なメリットは、以下のとおりです。
- 特定の取引先への集中対応:対象となる取引先を定め、集中して対応できます。有望な取引先を対象に、営業やマーケティングを効率よく行うことが可能です。
- 商談の受注率の向上:それぞれの取引先のニーズや要件に応じて、最も適した対応を行うことができます。これにより、商談の受注率を高めることが可能です。
- 費用対効果の向上:対象となる取引先に集中して対応するため、商談の受注率が高くなる傾向があります。従来のマーケティング戦略に比べて費用対効果を高めることができます。
- 既存の取引先に対する追加販売(クロスセル/アップセル)の実施:対象の取引先のニーズや要件に応じて、柔軟に追加販売(クロスセル/アップセル)を実施し、売上を拡大できます。
- 営業チームとマーケティングチームの連携:営業チームとマーケティングチームが連携し、取引先のニーズや要件に応じて柔軟に対応できます。プロセスを効率化することも可能です。
- 顧客維持率の向上:特定の取引先に集中して対応するため、取引先との関係性を深めることができます。これにより、顧客満足度を高め、顧客維持率を向上させることが可能です。
- 対策の検討と業務の改善:主要な取引先への対応の成果を分析することで、今後の施策の内容を検討したり、人員や対応時間の配分を改善したりできます。
- 取引先に応じた個別のアプローチ:取引先のニーズや要件に合わせた柔軟な対応を行うことができます。
- データ分析:対象となる取引先の件数や商談の受注件数などのデータを元にレポートを作成して分析し、成果を把握できます。業務プロセスにおける問題点を特定/対処することで、商談の受注率を高めることが可能です。
ABM(アカウントベースドマーケティング)と従来のマーケティング戦略の比較
見込み客の獲得から商談の受注まで対応範囲を徐々に絞り込んでいく様子から、従来のマーケティング戦略は広く網を張って魚を取る例にたとえられます。それに対して、ABM(アカウントベースドマーケティング)は銛で突いて魚を取る例にたとえられます。不特定多数の取引先に向けて対応していく従来のマーケティング戦略とは異なり、ABMでは対象となる取引先の要件や特徴を調査し、準備を万全にしたうえで対象を絞って対応します。これにより、営業やマーケティングを行うにあたって人員や対応時間を効率よく配分することができます。また、商談の受注までの時間を短縮し、顧客満足度を高めることが可能です。
ABM(アカウントベースドマーケティング)を効果的に実施するための要素は以下のとおりです。
- 対象となる取引先の規模や要件
- 販売する商品やサービスの価格
- 取引先側の決裁者の人数
- 取引先側の担当者とその人数(やりとりを行う対象)
以下の表は、ABM(アカウントベースドマーケティング)と従来のマーケティング戦略との比較を表したものです。両方のマーケティング戦略の長所と短所を比べることができます。どちらの戦略が適しているかは、組織によって異なります。ABM(アカウントベースドマーケティング)と従来のマーケティング戦略の違いを確認したうえで、自社に適したマーケティング戦略を取り入れることをお勧めします。
ABM(アカウントベースドマーケティング)
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従来のマーケティング戦略
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顧客中心
顧客のニーズや要件に焦点を当てて対応します。
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商品/サービス中心
商品やサービスに焦点を当てて対応します。
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対象となる取引先の絞り込み
対象となる取引先に集中して営業やマーケティングを行います。そのため、商談の受注率を高めることが可能です。
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不特定多数の取引先への対応
不特定多数の取引先に対応します。優先すべき対象の取引先を定めるのが困難です。
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企業が対象
利益率の高い企業を対象の取引先として営業やマーケティングを行います。
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個人が対象
個人の顧客を対象として営業やマーケティングを行います。
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個別のアプローチが可能
対象となる取引先のニーズや要件に合わせた商品/サービスを提供し、柔軟なすり合わせや対応を行うことができます。
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個別のアプローチが困難
不特定多数の取引先に対応するため、特定の取引先に対して個別に対応するのが困難です。
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大量のデータが必要
対象となる取引先を絞り込むにあたって、大量のデータの分析や設定が必要です。また、分析や設定を行うための時間もかかります。
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大量のデータが不要
取引先の絞り込みは行われず、データ分析が不要なため、大量のデータは必要ありません。
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アプローチ方法が集中的
対象となる取引先が明確なため、アプローチ方法が集中的です。
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アプローチ方法が多様
不特定多数の取引先を相手にするため、ソーシャルメディア、ブログ、Webサイトなど、さまざまなアプローチ方法があります。
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関係性重視
取引先との関係性を強化し、売上の増加を目的とします。商談の受注後も対応が行われます。
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商品/サービス重視
商品/サービスを販売し、売上を得ることを目的とします。そのため、商談の受注後に特別な対応は行われません。
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追加販売(クロスセル/アップセル)による売上の拡大
対象となる取引先が限られるため、売上を伸ばすには、追加販売(クロスセル/アップセル)を通じて特定の取引先からの売上を積み上げていく必要があります。
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商品/サービスの販売に焦点を当てるため、追加販売(クロスセル/アップセル)は必須ではありません。
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対応に時間が必要
対象となる取引先のニーズや要件に応じて対応するため、対応に手間や時間がかかります。
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対応に時間が不要
商品/サービスの販売に焦点を当てるため、ABMと比べて対応に時間がかかりません。
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初期設定や準備期間が必要
対象となる利益率の高い取引先を選定するにあたって、使用するツールを設定したり、取引先を調査したりする必要があります。
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初期設定や準備期間が不要
商品/サービスの販売に焦点を当てるため、ABMと比べて初期設定や準備期間は必要ありません。
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ROI(投資利益率):高
利益率の高い取引先を対象にするため、投資利益率が高くなります。
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ROI(投資利益率):低
ABMと比べて、投資利益率が低くなります。
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上記の説明や表のとおり、ABMと従来のマーケティング戦略では取引先への対応方法やそれぞれのメリット/デメリットが異なります。どちらの戦略が適しているかは、自社のビジネスモデルや対象とする取引先によって異なります。
ファネルチャートから見るABM(アカウントベースドマーケティング)と従来のマーケティング戦略
以下の図の左側のファネルチャートは、従来のマーケティング戦略を表したものです。従来のマーケティング戦略では、さまざまな経路から不特定多数の見込み客を獲得し、見込み客の育成や精査を経て、最終的に商談の受注を目指します。売上を向上させるにあたって商談の受注件数が重要となるため、商談の受注までに対応する見込み客や取引先の人数が多くなる傾向があります。そのため、それぞれの取引先のニーズや要件に応じた対応や、人員や対応時間の適切な配分が困難です。
以下の図の右側のファネルチャートは、ABM(アカウントベースドマーケティング)を表したものです。ABM(アカウントベースドマーケティング)では、利益率の高い取引先に対象を絞って対応します。営業チームとマーケティングチームが連携して特定の取引先に集中して対応するため、費用対効果を高めることができます。取引先との関係性を強化し、売上の増加につなげることが可能です。